大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和47年(う)220号 判決

被告人 渡辺充春 外一名

主文

原判決を破棄する。

被告人渡辺充春および被告人太田俊雄をそれぞれ懲役三年に処する。

被告人両名に対し、いずれもこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は全部被告人太田俊雄の負担とし、当審における訴訟費用(ただし証人応治磯一に支給した分は昭和五一年四月一六日の出頭にかかる分に限る)はその二分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は大阪地方検察庁検察官吉永透作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。控訴趣意第一は要するに、「原判示第二の二の現住建造物放火未遂の事実と一所為数法の関係にあるものとして起訴された公務執行妨害の訴因につき、原判決は、派出所内にいた応治、本沢の両警察官は、火炎びんが投げ込まれる直前までは公廨で待機し在所勤務に従事していたものの、火炎びんが投げ込まれた時には、休憩あるいは用便のため公廨を離れるなどして待機状態にはなく、一時執務の意思を放棄して職務から離脱した状況にあつたものであると認定し、したがつて「職務を執行するに当たり」暴行が加えられたことにはならないとして公務執行妨害罪の成立を否定した。このように両警察官が職務執行中ではないとした点において、原判決は事実を誤認しひいては刑法九五条一項の解釈適用を誤つたもので、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。」というのである。

よつて調査するに、原審で取調べられた関係各証拠および当審における事実調べの結果を総合すれば、原判示第二の二の大阪府阿倍野警察署阪南北巡査派出所には、同判示のごとく火炎びんが投げられたさい、同判示の同警察署巡査長応治磯一および同巡査本沢伸元の両警察官が現在していたが、その時両警察官は外勤警察官として同派出所に勤務し、外部の警戒にあたるとともに諸願届の受理その他の事務処理に従事するほか緊急事案の処理に備えるという、在所勤務として定められた職務に従事していたことが明らかである。すなわち、特定の派出所を拠点としその派出所の区域を担当して行なうところの派出所勤務を命じられた外勤警察官の職務内容は、大阪府公安委員会の規程(大阪府外勤警察運営規程)およびこれにもとづき大阪府警察本部長が定めた訓令(大阪府外勤警察官勤務規程)により、派出所外に出て行なう警ら、巡回連絡、要点警戒および派出所内で行なう在所勤務(派出所において外部の警戒にあたるとともに、諸願届の受理その他の事務処理等に従事するほか、緊急事案の処理に備えること)と定められており、右諸願届の受理その他必要な事務処理に従事するべく案件の発生に備えて派出所内で待機しあるいは緊急事案の処理に備えつつ派出所内で待機することも在所勤務の一方法であるというべく、上司により予め定められたプログラムに従つて、右所外での各勤務および所内における在所勤務ならびにこれらの勤務外とされる休憩(派出所内でとる)がくり返えされるほか、右各勤務時間中に短時間の休息時間が与えられることになつているが、本件発生当時、前記両警察官は、予め上司から「午後六時以後は、別命のあるときは別として、午後一〇時まで在所勤務のみに従事し、派出所付近の見張りを厳重にせよ」と命じられ、この命に従い引続き在所勤務に従事していたものであつて、この間休憩をとることはもちろん許されず、休息時間も与えられていなかつたのであり、午後八時ごろ火炎びんが投げられる直前においては、両警察官とも派出所内表出入口に接する公廨で椅子に座り外部の警戒にあたるとともに前記のごとく案件の発生に備えまた緊急事案の処理に備えつつ待機しており、ただ火炎びんが投げられた時点においては、本沢巡査は尿意をもよおして公廨から数メートル奥にある便所に行つて小便中であり、応治巡査長は咽喉のかわきをうるおすため公廨のすぐ奥にある休憩室の前の通路に立ち茶を飲むべくやかんからコツプに茶を注ぎそのコツプを持ち上げようとしていたときであつたが、その場合でも公廨から奥に通じる扉は開放されたままであり、二人ともそれぞれ用を達した後はいずれもすぐに公廨にもどり再び元の位置につくつもりであつて、このように二人は小便をしあるいは茶を飲むため一時公廨を離れたものの、これにより勤務を中断して休憩、休息をとろうとしたものではけつしてなく、事実公廨を離れた後もそれ相当に神経を緊張させ引続き派出内において前記のごとき外部の警戒および待機の勤務を続けている状態にあつたものである。原判決はこのように両警察官が小便をしあるいは茶を飲むため一時公廨を離れた事実をとり上げ、いずれも一時執務の意思を放棄して職務から離脱した状態にあつたと判断しているが、主観的にも客観的にも勤務を離れた事実の認められないことは右述のとおりであつて、原判決のこの判断は誤つているというよりほかない。

以上のことは原審で取調べられた関係各証拠によつてもこれをうかがい得るばかりでなく、当審における事実調べの結果によれば一層明白であるから、原判決が結局において両警察官の職務執行中の事実を否定し、「職務の執行に当たり」暴行が加えられたことにはならないとしたことは事実を誤認しひいては刑法九五条一項の解釈適用を誤つたものといわなければならない。

そして、前記派出所の構造(間取り)、大きさ、火炎びん投てきと炎上の状況、その時の両警察官との位置関係等証拠上認められる諸般の状況からすれば、右火炎びんの投てき行為は、原判決も説示するとおり、両警察官の身体に対して直接加えられたものではないけれども両名に向けられた有形力の行使であつて刑法九五条一項にいう暴行に該当することが明らかであり、公務執行妨害罪の成立を肯定すべきであるから、原判決の右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

論旨は理由がある。

よつて、量刑不当の控訴趣意(控訴趣意第二)に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従いさらに次のとおり判決する。

罪となるべき事実のうち、第一、第二の一、第三は原判示第一、第二の一、第三の各事実と同一であり、原判示第二の二の事実を次のとおり改め、この事実に対する証拠として、原判示第二の二の事実につき原判決が挙示しているもののほかに、当審証拠(略)を加える。

第二の二 被告人両名は、金城俊行、平本邦成、増田嗣夫、三木貴穂、田中利和および北出誠と共謀のうえ、昭和四四年九月二二日午後八時ごろ、右金城、平本、増田、田中および北出において、大阪府阿倍野警察署巡査長応治磯一および同巡査本沢伸元が現在し、右両警察官が所内において外部の警戒にあたるとともに諸願届の受理その他の事務処理に備えて待機しかつ緊急事案の処理に備えつつ待機するという外勤警察官としての職務に従事していた大阪市阿倍野区阪南町二丁目二番二一号所在同警察阪南北巡査派出所前路上に至り、それぞれ所携の火炎びん(田中のみは一本、その余は二本ずつで計九本)を同派出所公廨内およびその付近路上等に投げつけ発火炎上させて放火し、もつて人の現在する同建物を焼燬しようとするとともに暴行により右両警察官の職務の執行を妨害したが、焼燬の点は、近隣の住民が消火器等で消火にあたつたため、公廨の天井板および窓枠などの一部を燻焼させたにとどまり未遂に終わつたものである。

右第二の二の事実のうち現住建造物放火未遂の点は刑法一一二条、一〇八条に、公務執行妨害の点は刑法九五条一項に該当(共犯関係については刑法六〇条に該当)するが、これは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により重い前者の罪の刑をもつて処断し、被告人両名ともその所定刑中有期懲役刑を選択したうえ、刑法四三条本文、六八条三号を適用して法律上の減軽をする。その余の各事実に対する罰条および共犯関係の適条ならびに刑の選択は原判決摘示のとおりであり(ただし、第三の事実につき「罰金等臨時措置法三条一項一号」とあるのを「刑法六条、一〇条により昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項、三条一項一号」と訂正する)、被告人渡辺については、第一、第二の一、二、の各罪が原判示の確定裁判を経た罪と刑法四五条後段の併合罪であるから同法五〇条に従つていまだ裁判を経ていないこれらの罪についてさらに処断することとし、これらは刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により重い第二の二の罪の刑に法定の加重をし、被告人太田については、第二の一、二、第三の各罪が刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い第三の罪の刑に法定の加重をする(この場合、処断刑の短期は第二の二の罪の刑の短期による)。ここで各犯情について検討するに、被告人渡辺の第一の犯行および被告人両名の第二の一、二の犯行の罪質、態様の悪質なることはもとより多言を要しないところであり、これらの犯行が、被告人渡辺がその書記局員として、被告人太田がその桃山学院大学における活動家としてそれぞれ当時所属していた赤軍派の過激な主張にもとづきその戦略、戦術活動の一環として計画的に行なわれたものであり、ことに第二の一、二の犯行において被告人両名はそれぞれ重要な役割を演じていることその他検察官が量刑不当の控訴趣意の中で指摘しているがごとき諸般の事情に徴すると、被告人両名の刑責はいずれも重大であるといわなければならないが、第一の犯行は幸い予備の段階にとどまつて実害の発生をみていないこと、第二の二の犯行も放火の点は未遂に終わりまた人身に対する実害も生じなかつたこと、第三の犯行は偶発的といえること、各犯行検挙後現在まで約七年の年月が経過しているが、被告人両名はそれぞれ当時在学中の大学を間もなく卒業し以後は社会人として正業に従事し続けるとともに、妻を得、子供をもうけ、家庭に対する責任をもつくすようになつて今日に至つており、この間社会情勢に変化があつたほか、被告人両名とも自省、自重と自戒のもとに健全な社会人としての成長を遂げつつあり、げんに再過誤なきを得ているのはもちろん将来にも期すべきものがあること等被告人らのため有利に斟酌しなければならない諸事情も認められるのである。これらの諸点を彼此対照したうえ、各処断刑の刑期範囲内で被告人両名をそれぞれ懲役三年に処するとともに、いずれに対しても刑法二五条一項一号を適用してこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予することとする。

よつて、訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文を適用したうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 戸田勝 梨岡輝彦 岡本健)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例